『バベル九朔』 著者:万城目学

あらすじ

主人公は、母親が亡き祖父から受け継いだ「バベル九朔」という名前の古いビルの管理人として最上階に暮らす男性。小説家を目指している彼は、管理人をしながらコツコツと小説を書く毎日を送り、ついに何年もついやした長編を書き上げるが、タイトルがなかなか決まらない。新人賞の応募締切は今日なのに。そんなとき、「バベル九朔」が内包する別の世界に入り込んでしまう。その世界には、「バベル九朔」のようなビルを管理する組織があり、容赦なく任務を遂行しようとする担当者が、ビルの管理人である彼につきまとう。「バベル九朔」を作った祖父の想念と、管理担当者のしつこいはたらきかけの、ふたつの波に翻弄されつつも孤軍奮闘する主人公の視点で進む物語。

 

感想

何から書いたらいいのかわからないくらい、読んでいる自分も巻き込まれた感じがあります。巻き込まれ型の話なんだけれども、流れにのまれるだけではなく、ずっしりと重さを感じる世界があって、不穏さと不確かさにぐいぐい引き込まれてしまいます。

 

バベルといえば、ブリューゲルの「バベルの塔」が思い浮かびます。あの絵のもつ不安をかきたてるような空気もあるのですが、私のイメージとしては、この小説の世界はもう少し明度の高い色彩でした。

読み進めていくと、「たま」石川浩司さん(ランニングシャツを着ている人)が作った「学校に間に合わない」という曲も思い浮かびました。この曲の中にもビルが出てきます。ビル自体が生き物みたいに増殖していく印象で、そのへんが「バベル九朔」と重なります。自分が浮遊してそれを見物しているような感じでした。

 

また、主人公があがいてもあがいても色んな意味でビルの中から出られない様子は、夢の中の体験に似た感覚があります。走っても思うようにすすまない、自分の家に帰ったはずなのに間取りがめちゃくちゃで部屋にいくことができない、待ち合わせ場所に向かっているのに道がみつからない、みたいな不安定感です。こういう感覚は嫌いじゃないので、かなりどっぷり入り込めました。

 

登場人物はみんな個性が強いのですが、バベルの世界にすんなりと存在していて、それぞれがいい具合に小説を彩っていたと思います。

いちばん個性が強いと思ったのは、主人公が苦手としている叔母で、現実世界では押しの強いおばさまなのですが、バベルの世界では切ない登場のしかたをするのが、とても印象的でした。かなり大事な存在だったと思います。主人公がバベルの迷路に足を踏み入れかけている導入部での叔母の発言を覚えておくと、さらに切ないです。

 

ラストには、主人公の書き上げた長編小説も重要な役割で登場します。この終わり方は少しもやっとするかもしれず、好き嫌いが別れる気がしますが、私は好きでした。不安定さを保ったまま成立した世界があって、複雑で、不穏で、不確かで、不安だけど気分が高揚するような、長大作の夢を見た後みたいに、読後に「ふぅぅぅぅぅぅぅ」っと息をついてしまう、そんな物語でした。

小説を異世界の扉として楽しみたいという人には、強くおすすめしたい作品です。